大判例

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札幌高等裁判所 昭和56年(ネ)41号 判決 1982年2月25日

控訴人 金谷定一 外一名

被控訴人 金谷久美

右特別代理人 八重垣和良

主文

原判決を取消す。

控訴人らと被控訴人との間に親子関係が存在しないことを確認する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

主文同旨の判決

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二当事者の主張、証拠関係

当事者双方の主張、証拠の提出、援用及び書証の認容は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決四枚目裏五、六行目の「斯かかる」を「かかる」に改める。)。

一  控訴人ら

1  本件訴は、戸籍に被控訴人が控訴人ら間の嫡出子として虚偽の記載がなされているのでこれを是正するためのものである。戸籍の記載が真実と異るとき、確定判決に基づき右記載を訂正して、真実の身分関係を戸籍に反映させ得ることは身分法における法の理念に叶うものであり、また被控訴人に不利益を与えることのみを目的とするものではないから、権利の濫用に当らない。

2  実親子の身分は、身分一般や国籍の基礎をなすものであるから、真実が戸籍に記載されなければならず、誤りがあればこれを訂正してこそ戸籍の信用性が維持されるのであつて、最高裁判所の判例が他人の子を自己の子として出生届をした場合、その届出をした者にもその親子関係不存在の主張ができるとしているのは、戸籍の重要性に鑑み、その真実性を担保せんとするものである。かかる訴が当事者の一方に不利益であるからといつて、権利濫用となるものではなく、当事者の利害を越えた公的利益を重視しなければならないのである。

また、本件訴を権利濫用として棄却し、虚偽の戸籍の記載(実子としての記載)をそのまま放置することは、所謂実子特例法を認めたも同然であり一種の立法をなすものとの譏りを免かれない。

3  被控訴人は精神薄弱であり、時に暴力を伴う心因性反応を起すことは専門医の所見である。控訴人金谷広子は、被控訴人から暴行を受け、それに耐えかねて被控訴人を精神病院に入院させ、更に控訴人らは旭川市の斡旋により被控訴人を「○○○○学園」に入園させたが、それは個人の精神病院に入院させたのでは、その出費に耐え得ないのと、被控訴人に最も適切な養護が受けられるようにするためである。

その後、被控訴人は、昭和五五年一二月三日失神発作を起し○○病院(精神病院)に入院、昭和五六年三月三〇日退院したが同年五月二八日再度入院し現在に至つている。これを見れば被控訴人は現在尚社会生活も家庭生活も営むことが不可能であつて、退院も退園も当分考えられない。

また、被控訴人の控訴人らに対する暴力が、たとえ精神的発作に基づくものであつたとしても、それにより控訴人らは被控訴人と家庭生活を継続し難くなつており、仮りに被控訴人主張の如く控訴人らと被控訴人間の実体が養親子関係であるとしても、離縁の原因が存在するものである。

二  被控訴人

1  控訴人らの主張は争う。

2  控訴人らの主張する違法というのは単なる形式的瑕疵にすぎない。

控訴人らと被控訴人間の実体関係は養子縁組であり、本件訴もその実体に則して判断されるべきであるところ、本件訴によつては、控訴人らと被控訴人との間において、何らの離縁事由も存在しないから、本件訴は権利の濫用として棄却されるべきである。

3  控訴人らは形式的瑕疵を奇貨として、実体を否定すべく本末転倒の主張をしているが、これこそ一見正当な権利行使のような外観を呈するが、その実法の理念に反するところであり、正に権利濫用である。

実体とくい違う形式が存在するならば、法が保護すべき実体に合致する様、その形式を是正する途を模索すべきであつて、その形式の故に実体を否定する限り誤りを犯すことは許されない。

4  (一) 被控訴人は、○○○○高校普通科を他の生徒と変りなく卒業し、右高校においては普通科二クラス中、学業成績は最下位ではなく、就中女生徒の中では中位の成績であつた。また学校時代の友人達も多く、他人との交際も普通にでき、社会生活上支障が生ずる程レベルの低い生徒ではなかつた。

(二) 被控訴人は昭和五三年八月になつて疾病に罹り、その後も短期間の入院を繰り返しているが、一八歳を過ぎてからの発病であり、思春期等の肉体の成熟期にありがちな精神的動揺がその一因をなしていると考えられるのであつて、今後とも現在の状態が続くとは思われない。ヒステリー症状は時間の経過とともに消失すると○○病院長○○○も診断しており、また被控訴人の「○○○○学園」の担当指導員天野成子宛の手紙文によると、被控訴人は自己の意思を他人へ正確に伝える能力を有し、しかも控訴人らのもとに帰り一緒に暮したい、学園を早く出たい希望を明確に持つていることが明らかである。

理由

一  控訴人らが昭和三二年五月八日婚姻の届出をした夫婦であること、被控訴人が昭和三四年五月一四日控訴人らの間に出生した長女として戸籍に記載されていること、訴外大林フミ子(以下フミ子という。)は訴外上田某男と情交関係を持ち、その結果昭和三四年五月一四日被控訴人を出産し、久美と命名したこと、

控訴人らは子がないため、フミ子の承諾のもとに被控訴人を貰い受けたうえ、被控訴人を控訴人ら間に昭和三四年五月一四日に出生した長女として虚偽の出生届をした結果、その旨の戸籍の記載がなされたこと、以上の事実関係についての当裁判所の判断は、原判決理由一、二(原判決五枚目表六行目から同六枚目表一行目まで)と同一であるからこれを引用する。

ところで、戸籍は国民の身分登録であり、その記載は真実の身分関係と一致するものと一般に推定されて、戸籍には身分関係を公証する機能が課せられているから、戸籍の記載に誤りがあるため、戸籍を訂正して身分関係を明確にする必要がある場合には、そのことのみで確認の利益があるということができる。

二  被控訴人は、控訴人らが被控訴人を控訴人らの長女として出生届をする際に、被控訴人を養子とする旨の意思があつたものということができ、更に当時養子縁組につき代諾権者であるフミ子の承諾もあつたということができるから、右出生届によつて養子縁組の手続も充足されたものとして、その効力も生じているとみるべきであると主張する。

嫡出子出生届をもつて養子縁組届とみなすことについては積極、消極の両説が対立しており、積極説の理論的基礎としては、無効な行為の追認とか、身分行為の擬制とか、或いは無効行為の転換などが論ぜられており、また事実上も虚偽の嫡出子出生届であることが後にわかつたとき、或いは本件のようにみずから虚偽の嫡出子出生届をしたものが親子関係不存在の確認を請求したときにおける子の財産的、精神的利益保護に対する配慮の必要性を考慮すると、これを積極に解すべしとする立場にも相当の根拠があることを認めざるを得ないが、当裁判所は右の問題は消極に解すべきものと判断する。その理由は第一に民法七九九条(七三九条の準用)は養子縁組は戸籍法の定めるところにより、届出ることによつて効力を生ずる旨を定めており、縁組には厳格な方式が必要であり、その手続は強行法的性格を有すること、第二に虚偽の嫡出子出生届がなされる背景を配慮して、養子縁組の効力を認めることは、このような虚偽出生届を増加させる虞がないとはいえず、それは戸籍の信憑性を著しく阻害することになること、第三に縁組の効力を認めないこととすると、みずから虚偽の嫡出子出生届をした戸籍上の父もしくはこれに同意した戸籍上の母等が後日右嫡出子出生届の無効を主張し、親子関係不存在確認の請求をなしうることとなるが、かかる場合は、具体的事情のもとにおいて権利濫用の法理によつて、裁判所は右請求を拒否することも可能であり、或いは子の慰藉料請求権等が認められることも考えられるから、子の利益(財産的、精神的)の保護に全く欠けるということはないこと、およそ以上の理由によつて、虚偽の嫡出子出生届出をもつて養子縁組届とみなすことは相当ではないと解する。

本件においても、配偶者のある者の縁組(民法七九五条)、一五歳未満の養子に関する法定代理人の承諾とその届出(同法七九七条、戸籍法六八条)、家庭裁判所の許可(民法七九八条)等養子縁組に関する方式が履践されていないことは弁論の全趣旨から明らかであるから、本件虚偽出生届をもつて縁組の効力を有するものと解することはできない。

よつて右被控訴人の主張は採用できない。

三  被控訴人主張の権利濫用の抗弁について判断する。

原判決理由三(原判決六枚目表二行目から同七枚目裏四行目まで)における原審の説示は、当裁判所もこれを正当と判断するものであつて、その理由記載をここに引用するほか次の説示を加える。

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二号証の一、二、第五号証の一、二(原本の存在とも)、第六号証、当審証人天野成子の証言及びこれによつて真正に成立したものと認められる乙第三、第四号証の各一、二、原審証人大林フミ子、同宮沢透の各証言、原審における被控訴人及び原、当審における控訴人金谷広子各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

被控訴人の○○○○高校における三年間の学業成績はおおむね最下位に近かつたが、学校行事にはよく参加し他と協調し、第一学年時においては精神面に多少不安定なところがあつたものの学年が進むにつれて安定度を増し精神面の成長も著しかつたが、第三学年時においても社会生活に対する適応には不安が残されていた。しかし性格的には素直であつて、学級内には仲の良い友人もいて格別問題のない学校生活を送つていた。

被控訴人は「○○○○学園」に入園中の昭和五五年一二月三日に失神発作を起し、精神病院である○○病院に入院(病名は精神薄弱、ヒステリー状態)して治療を受け、その後昭和五六年三月三〇日退院し、「○○○○学園」に戻つたが、右○○病院長○○○の診断によると、精神薄弱については改善の可能性はないが、ヒステリー状態については性格的に成熟するに従い消失するものとみられるものの、当分は環境要因等によつて心因を生じ再び症状が表われる可能性がないとはいえないというものであつた。

被控訴人は右病院に入院中「○○○○学園」の指導員天野成子に対し、同指導員を頼りにし、自分も立ち直つて、学園を出て控訴人らの許に帰り一緒に生活し親孝行もしたい旨の決意を表明した手紙を送つている。しかし右病院を退院し、右学園に戻つてから二、三週間過ぎた後、被控訴人が、控訴人らのもとへの一時帰宅を希望しても、右希望が認められないなど自分の思うようにならないことがあると、これをきつかけとして右指導員や園生に対して暴力行為に出ることがあり、また同学園をぬけ出そうとしたこともあつたため、昭和五六年一〇月一五日から再び右○○病院に入院し現在に至つている。

被控訴人は前記のとおり精神薄弱者であり、時には暴力を伴う心因性反応を起すため、控訴人らは被控訴人と円満、平隠な家庭生活を送ることは困難であると考え、また控訴人らが死亡した後は、被控訴人が虚偽の出生届によつて控訴人らの長女となつているため、実母との連絡が断たれて、天涯孤独になると考えて、現時点で被控訴人の身分関係を明確にする必要があると思い本件の訴を提起した。しかし控訴人らは被控訴人との親子関係不存在が確認されたとしても、被控訴人の面倒はみるし、また控訴人らの遺産も被控訴人に残してやりたいと考えている。

しかし本件訴によつて控訴人らと被控訴人との親子関係が突如として絶たれるとしても、被控訴人とフミ子及び異父弟妹との精神的な結び付きが復活し、親と子、弟妹と姉としての社会生活関係が回復される見通しは全くなく、またフミ子も生活保護を受けていて経済的余力もなく、被控訴人は従前どおり控訴人らを真実の親と同様に慕い、かつ同人らと同居しての家庭生活を継続することを心から希望している。

およそ以上の事実を認めることができ他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定の事実によれば、控訴人らの被控訴人に対する本件親子関係不存在確認請求は、控訴人らが被控訴人を実子として養育したい意図から、養子縁組の手続をとることなく、みずから虚偽の嫡出子出生届をし、以来二〇年余の間被控訴人を実子として養育し、被控訴人も控訴人らを実父母と信じて生活をともにしてきたところ、控訴人らは、同人らと被控訴人との不真実の親子関係を長期間放置しておきながら、被控訴人が精神薄弱者となり、暴力を伴う心因性反応を起すようになつたため、被控訴人との身分関係を絶たんとして本件訴を提起したものと認めざるを得ない。控訴人らは本件訴提起の理由を、被控訴人とフミ子との実親子関係をはつきりしてやるためで、これを欠くと控訴人ら死亡後において被控訴人は天涯孤独になるというが、その趣旨は頗る不明瞭であつて到底これを肯認しうるものではなく、また被控訴人の疾病も絶えざる愛情をもつて同人の精神的安定と、その生活環境の整備に努めれば、社会生活上支障をきたさない程度に回復することも困難ではないと推測されるところ、控訴人らが右努力をつくしていることは、本件全証拠をもつてしてもこれを窺うことはできない。

しかしながら、本来法の意図するところに従つた実体的身分関係に引きもどそうとする行為は、いうまでもなく正当な行為であること、控訴人らは本件訴によつて親子関係不存在が確認されたとしても、引続き被控訴人の面倒をみるのみならず、控訴人らの遺産も被控訴人に残す旨を述べていること、親子関係不存在確認請求が権利濫用とされるためには、その請求をすることが強度の反社会性(公序良俗違反に近い強い信義則違反)を有する場合に限ると解することが相当であること等を考慮すると、以上認定の事実関係のもとにおいては控訴人らの本訴請求をもつて著しく信義則に違反するものとはいえず、権利の濫用に当らないものと解することが相当である。

従つて被控訴人の右主張も採用できない。

四  よつて、控訴人らの本訴請求は正当としてこれを認容すべきところ、これと結論を異にする原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから民事訴訟法三八六条によつて原判決を取消し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安達昌彦 裁判官 渋川満 喜如嘉貢)

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